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広島高等裁判所松江支部 昭和30年(ネ)36号 判決

控訴人(原告) 岡田市蔵

被控訴人(被告) 鳥取県知事

原審 鳥取地方昭和二七年(行)第一三号(例集六巻二号47参照)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す、被控訴人が控訴人に対し昭和二七年七月八日登管第三〇九号をもつてした換地予定地指定処分はこれを取り消す、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は左のほか原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(甲)  控訴代理人の主張

(一)  鳥取都市計画事業駅前土地区劃整理(以下駅前区画整理という)と鳥取都市計画事業鳥取火災復興土地区劃整理(以下火災復興区画整理という)とは別個の事業で、前者の事業主体は鳥取市であり後者のそれは被控訴人である。被控訴人は建設大臣の命令により駅前区画整理施行中の土地で火災復興区画整理施行地域にあるものについては鳥取市から承継した事業を施行したと主張するのであるから、控訴人に対して行つた本件換地予定地指定処分は被控訴人が火災復興区画整理の施行者としてしたものであり、右処分の根拠は鳥取都市計画事業鳥取火災復興土地区劃整理設計書及び同施行規程に基くのであつて、同時に駅前区画整理施行者としての権限によるものではない。ところが火災復興区画整理の換地方針は地積主義を基本とし、駅前区画整理は評価主義を基本とするものでかかる異つた原則を同一区画整理事業の特定地域につき他の地域と別異に適用して整理を施行するについては当然設計書及び施行規程にこのことを明らかにすべく、このことのない限り同一区画整理にあつては単一の原則と同一の方針に従つて施行すべきであるが、前記設計書及び施行規程には旧駅前区画整理地域中の土地については、特に一般火災被災地域と別異の原則を適用して整理を施行すべき旨の規定はない。

ところが、被控訴人は火災復興区画整理施行者として駅前区画整理の整理方針によるべき何等の根拠も権限もないのに火災復興区画整理に名を籍り、既に法理的には消滅している駅前区画整理方針を施行せんとして本件指定処分をしたもので、右処分は既にこの点において違法である。

(二)  仮りに右違法がないとしても、本件指定処分による減歩は不当に過大に失し、また著しく公平を欠いた違法がある。

(イ)  原判決は本件区画整理により換地指定予定地の地価が倍増したと判断したが、右は原審鑑定人東後琢三郎の鑑定書に明らかなように、これによる価格の上昇は一、八六三、〇九三円が二、〇七八、九三三円になつたに過ぎず、本件換地指定当時において三、二五四、〇五六円だつたものが昭和二九年四月において三、四九六、八九六円に上昇した程度で駅前区画整理による倍増の事実はない。前記換算価格の最後の数字は昭和二七年四月鳥取火災による土地価格の急騰に原因するもので、駅前区画整理の特殊事情によるものではない。右程度の価格上昇は、整理前の土地を現状のまゝ放置しても一八号国道、永楽通りのその後の発展及び鳥取火災によつて自然に上昇すべく、特に駅前区画整理による上昇と認めることはできない。

(ロ)  控訴人所有の本件土地に隣接する日産自動車株式会社の所有地は一八号国道に面する事業経営用地として絶好の位置形状を占めており、本件土地に隣接するとは云えその利用価値において雲泥の差があつて、右土地の減歩率が四割九歩である事実をもつて、本件土地の減歩率四割六歩を正当化する論拠とするのは不当である。

(ハ)  控訴人所有家屋は駅前区画整理当時既に建築されていた宏大なもので火災復興区画整理により家屋も宅地も道路に対して斜めに(又宅地の形状からしても斜めに)位置することになり、住宅としての品位を著しく損じひいては本件土地の宅地としての利用価値も甚しく減少した。かかる事実も当然本件宅地の利用度の考察にあたつては考慮さるべきである。

(乙)  被控訴代理人の主張

(一)  本件指定処分は、被控訴人が火災復興区画整理施行者としてしたものであり、その根拠は鳥取都市計画事業鳥取火災復興区劃整理設計書及び同施行規程であること、右規程中に、火災復興区画整理地区の土地のうち、駅前区画整理地区に属する土地と、これに属しない土地との間に異つた整理方針の原則を適用する趣旨の別段の規定のないこと、火災復興区画整理では地積主義により、駅前区画整理では評価主義により換地を交付するものであることは争わない。しかし減歩率なるものは換地方針として地積主義をとるか評価主義をとるかによつて、必然に変動したり、高低を来たすものではない。もともと右主義は、換地の総地積を従前の土地各筆に対し交付するに際し、換地予定地を指定すると同時に徴収又は交付すべき清算金をも算定する方針を可とするか(評価主義)、それとも換地予定地を指定した後に徴収又は交付すべき清算金を算出する方式をとるを可とするか(地積主義)、という、単に換地予定地を指定する事務上の技術的な見解の相違から来るもので減歩率に関係はないのである。減歩率は従前の総地積と、この地積の中で公共用地に供される地積及び替費地とされる地積の合計との比率によつて定まるもので、仮りに従前の土地の地積に対し同じ換地区が二つあつたとして、各地区の公共用に供される土地と替費地との合計地積が異なる場合は、右両地区の換地の地積は異なり、従つて減歩率も当然に相違するものである。故に減歩率は区画整理区内の土地の状況と地区内土地所有者の負担すべき施行費用等によつて自ら定まり、これを法令の規定で画一的に定めたり施行規程で一定することは、不可能のことに属する。されば都市計画法その他土地区画整理に適用又は準用せられる法令にも、また本件区画整理の施行規程にも減歩率に関する規定はないのである。そして火災復興区画整理地区では、駅前区画整理第一地区以外の区域の土地は、密集せる市街地をなしていたので、公共施設に要する土地が右第一地区に比して少なくて済むのに反し、第一地区内の土地の状況は市街地をなさず、人家の散在する郊外地だつたので、公共施設に多くの土地を必要とした関係上、一般的に駅前区画整理地区に属した地域の方が火災復興区画整理地区の右以外の地区に属した地域よりも減歩率が高率となるのは当然のことである。

被控訴人は、火災復興区画整理施行者たる地位と、駅前区画整理の承継施行者たる地位を併せ有するもので、右両区画整理の設計書及び施行規程によつて法律上及び事実上の行為をなし得る筋合であるが、本件処分は、被控訴人が火災復興区画整理施行者として、同整理設計書に基き宮長線の道路幅員を縮少したことにより生じた道路敷であつた五八坪を同施行規程によつて追加交付したもので、同設計書及び施行規程には減歩率を決すべき原則は定めておらず、被控訴人は本件土地の状況を考慮し、その施行として駅前区画整理に適用された減歩率と同一の減歩率を適用して本件処分をしたにすぎず駅前区画整理設計書及び同施行規程によつてしたものではない。従つて控訴人主張のように、権限なくして行つた違法又は同一区画整理において根拠なくして異つた原則を適用した違法は存在しない。

もともと駅前区画整理の設計書及び施行規程は昭和一六年一〇月一六日鳥取県知事によつて認可されたのであるが、同地区に対しては、昭和一三年四月内務大臣の命令によつて鳥取市が施行することになつていた鳥取都市計画温泉街土地区劃整理により換地予定地の指定のみは昭和一四年一一月七日から行われ、昭和二三年頃までにほとんど完了し、昭和二七年二月には全く完了したのであるが、昭和二七年五月被控訴人において建設大臣から右区画整理第一地区の事業を承継すべきことを命ぜられたので、鳥取市のした右換地指定処分を前提として鳥取市がなすべき事務を承継したのである。されば右整理地域について従前の土地に対する換地予定地を新たに指定することは特別の事情のおこらない限りあり得ないわけで、換地設計方針というようなことは問題にする必要はなかつたのであるが、それでもまた鳥取市のした換地予定地の指定処分の手直しをしなければならない場合のことを考え、これに備えるために換地設計方針を作成したまでのことであつてその三の4に「鳥取市に換地事務を委託する区域(旧駅前土地区画整理区域及その隣接地)については従来の方針による」とうたつたのもこの趣旨にほかならない。そして火災復興区画整理の設計書に駅前区画整理の宮長線の設計を変更し、その幅員を縮少する趣旨のものがあつたので、同設計書に基き右道路の幅員の縮少に伴い、新たに本件処分をしたのに過ぎないもので、これによつて駅前区画整理を施行したものではない。

(二)  本件減歩率は、控訴人主張のように不当に過大に失し、または公平を欠いた不当処分ではない。

(イ)  本件減歩率が不当なものと認められないことは控訴人所有の本件土地の地価が区画整理によつて倍増した事実によつてもこれを十分認められるのである。

(ロ)  土地の価格と減歩率とは別個のことで、土地価格の高低によつて減歩率に変動はない。そのことは耕地整理法第三〇条第一項の規定によつても明らかで、同条にいう地積とあるのは減歩率を、等位とあるのは土地の価格を云い、両者は区別して取扱うべき問題で、土地の価格によつて減歩率を変動すべき合理的理由も法的根拠もない。控訴人主張の土地の価格をも計算した上で出された実際の減歩率なるものは法的意義を有するものではなく、またこれを認める実際的必要も存在しない。本件土地の隣地である日産自動車株式会社所有地と本件土地との地価の相違を云々して本件換地処分の当不当を論ずる根拠とするのは失当である。また本件土地の隣地の吉方二五九番地の四、二八二番地の一の田二筆の訴外武田克己所有土地に対する減歩率は、土地の価格は本件土地と略同じと認められるのに控訴人に対するそれと大差ない事実によつても、本件減歩率を不当とすべき理由はない。

(ハ)  土地区画整理の目的は、土地を広く宅地としての利用を増進するにあつて、その地上に存在する建物、工作物等の利用を増進することまでをも当然に併せて目的とするものではない。されば土地区画整理の施行によつて土地の宅地としての利用価値が増進したからといつて、これに比例して施行前から既に存在せる地上建物の利用価値が増進するとは限らず、かえつて減ずることさえ有り得る。本件地上に控訴人が従前から所有する住家が本件整理の結果換地予定地に対して斜めの位置になり、そのため住家としての利用価値は土地が宅地としての利用価値を増進したのに比例せず、若しくは反対に減じたとしても、そのことは換地予定地が従来の土地に比して宅地としての利用価値を増進したことについて何等の消長はない。被控訴人は、本件処分によつて控訴人の住家の利用価値を減じた事実を争うものであるが、それはそれとして宅地としての利用価値の判断にその地上建物の利用価値の増減をも考慮する必要はない。

(丙)  立証〈省略〉

理由

当裁判所は、左記理由を附加するほか原判決理由と同一の理由により控訴人の本訴請求を失当とするものであるから、これをここに引用する。(ただし原判決理由中甲第四号証とあるのは乙第四号証の誤記である)当審にあらわれたすべての証拠によつても原審の認定を左右することはできない。

(一)  本件換地予定地指定処分は、被控訴人が火災復興区画整理の施行者としてしたものであり、その権限の根拠が同区画整理設計書及び施行規程に基くものであることは当事者間に争のないところである。控訴人は、被控訴人は、被控訴人は本件処分を右区画整理施行者たる資格において、駅前区画整理施行者として、何等の権限がないのに、同区画整理設計書及び施行規定に基く整理として施行したもので、右はその点においても違法であると主張するのであるが、被控訴人が本件処分を駅前区画整理施行者としてしたもので、従つて無権限の行為であると認められる証拠は存在しない。控訴人は本件処分による換地予定地の減歩率は四割六分で、火災復興区画整理の換地設計方針において定められた三割よりも高率であり、駅前区画整理によるそれと同一であることをもつて、被控訴人の右処分は当然に駅前区画整理を施行したものとみるべきであり、若し火災復興区画整理の施行者として同設計書及び施行規程に基いてこれをしたものとすれば、その減歩率は当然三割以下に止まるべきことを前提とし、その違法を主張するものである。なるほど成立に争のない乙第二号証(換地設計方針)によれば、火災復興区画整理においては、その換地方針として換地の減歩率の最高はおおむね三割に止まることを原則としたことが窺えるのであるが、しかし同整理地区内の地域全部についてどんな場合でもその減歩率は絶対に三割を超えてはならない旨を規定したものは、同区画整理設計書及び施行規程には存在しない。かえつて右乙第二号証によれば換地方針の三の4に「鳥取市に換地事務を委託する区域(旧駅前土地区画整理及びその隣接地)については従来の方針による」旨規定し、同一区画整理において地域により換地の減歩率も同一でなく前記原則と異なる場合のあることを予想して設計方針をたてたものであることが認められる。

およそ換地による減歩率なるものは、被控訴人主張のように各地区の区画整理前の土地の総地積と、その地積の中で公共用地に供された地積と、替費地とされる地積との合計したものとの比率によつて決まるもので、整理地区内の土地の状況と地区の土地所有者の負担すべき施行費等によつて自ら異なることは耕地整理法その他の法令の規定に照らし明らかであるというべく、従つてこれが減歩率を法令において画一的に定めたり、同一区画整理においても常に一定不動のものとすることは不可能のことに属し、その故に本件火災復興区画整理においても施行規程等にこれを一定したものは認められないのである。要は整理施行者において土地の状況その他記諸点を勘案し、合理的に決定し、土地所有者に著しく不公平に失することのないようにすべきであつて、同一区画整理においてある特定地域の減歩率が他の地域との関係で若干の高低があつたとしても、そのことだけで直ちに違法又は不当とすべき理由とはならない。

(二)(イ)  原審鑑定人芦村利治の鑑定の結果によれば、本件区画整理により換地予定地の地価はほとんど倍増した事実を認め得べく当審鑑定人山方信雄、植田栄治の鑑定の結果に徴しても、右によつて本件換地予定地の地価が相当増加した事実を認め得られるのであつて、右認定をくつがえし、これを不当とすべき理由はない。

(ロ)  換地による減歩率は土地の価格とは無関係に土地の利用計画によつてきまるのであるから両者の間に必然的関連はない。

従つて

(1)  本件土地の隣地である日産自動車株式会社の所有地が一八号国道に面し事業経営用地として絶好の位置形状を占めており、本件土地よりその地価が著しく高いのに、その減歩率が本件土地と大差ないことをもつて、本件指定処分による減歩率が不当に過大に失しまたは著しく公平を欠くものとする控訴人の主張は理由がない。

(2)  本件区画整理により控訴人所有の本件地上の家屋が道路に対して斜めに、また宅地の形状からしても斜めに位置することになり住宅としての品位を著しく損したとしても、そのことの故にそれによつて生ずべき家屋の利用度の減少程度をも、当然に換地による減歩率を決定するについて考慮すべきものとする合理的理由はない。

すると、控訴人の本訴請求は理由がないので棄却すべく、これと同趣旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三九四条第九五条第八九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅芳郎 竹島義郎 藤田哲夫)

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